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伝統と可能性
先日、フリーキー ショーというお店に、八大師匠の三味線を聴きに行ってきた





「伝統と可能性」というイベント

純邦楽の八大師匠率いる「八大'豆」と、エレクトリック化した三味線二棹にドラムを加えたロックバンド「The Syamisenist」の共演

とても面白いイベントだった





八大師匠の紡ぎ出す、いわゆる「間」に対して、The Syamisenistさん達が繰り出していたのは「ビート」

間とビートの違いは生活習慣、風土、文化の違い
その民族の歴史の違い

ボクが大学に入った頃、日本人と西洋人のリズム感の違いについて考えていた時期があった

西洋人の持つビート感を得るために、歩き方を変えたり、身体の中でリズムをとる位置を変えたり実験したものだ

そう中で感じていったのは、日本人の持つ独特の「間」とは、音空間に余白を持たせるものであり、それにより広がりと立体感、宇宙を現すものではないかということ

それに対して西洋の「ビート」は、音空間をほぼ均等割りしていくものであり、そこには躍動感が生まれる

どこからその違いが出てくるかと言えば、農耕民族と狩猟民族との違いからくるものだという説がある

その真偽は専門家の研究にゆだねたいと思うが、想像してみよう

六月、鏡の如く凛と澄みきった水の張られた田んぼに、青々とした稲の苗が節度と調和を持って植えられていく姿を

山裾にかかる、水墨画のような霧を

墨一色の濃淡で描かれた曖昧さ

その曖昧さこそが「間」であることを

このイベントは、「伝統と可能性」だけではなく、奇しくも日本と西洋の文化の違いもしっかり対比させることとなったように感じた

ボクたち日本人のDNAには、この「間」が存在しているはずだ

西洋のリズムの中に、この「間」を取り入れたグルーヴが出せたら面白いなぁと思った夜だった






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author:Shangri-La, category:風太の独り言, 17:11
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